ふと、自分がマラソンをしている理由を考えてみた

中学生のころ、私がいた学校には駅伝部がありました。
サッカー部だった私は、少しだけ長距離が速くて声をかけて頂き
大会に向けた部員として駅伝部に招集されました。

しかし、大会当日は補欠。

チームは2位だったので速いチームの補欠ですし、決して恥じることもないのですが、
もしかしたら、あのとき栄光を味わっていたら「俺は昔は速かった」という
過去の栄光に生き、マラソンをするモチベーションが無かったかもしれない。

決してあの補欠があったから走っているわけではないが、
補欠云々では無く、まだまだ進化出来ると言う自分へのモチベーションは
補欠であったからこそ持っているようにも感じる。

レベルは違うが、オリンピック代表になったスノーボーダやー一流プロ野球選手が
薬に手を出し、道を外れていくのは、何か焦燥感というかやりきった先に次を見いだせず、
正しくない方向に進んでしまい、そのことすら間違った自信から修正出来ずに
結果、罰を受ける形になっているように感じる。

もちろん、極端な話であり、一部の特殊な人の話ではあるが。

しかし、だからこそ栄光を手に入れた時も、謙虚に誠実にあれる
自分であれるかが大切であり、そういう教育を自分自身にしていくことが必要に思う。

まぁ、栄光を手に入れようが入れまいが謙虚で誠実であった方が良いが。

やはり、長い人生「自分はまだまだ」と思って生き続けられたらより豊かに生きられると私は思う

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